自分になると言う事〜習慣と禁欲の力〜

禁欲と習慣を融合させる事で、成功にひた走る男のブログです

ブログをもう一つ作る事にしました

オナ禁ブログだとオナ禁についてしか書けないので、もう一つブログを作りました。

 

内容は雑記にしようと思います。

 

このブログもまあまあのPV数があるのですが、

新しいブログでは私は通用するのでしょうか?

 

雑記に価値を見出してくれる読者は居るのだろうか

 

新たな実験になりそうです

オナ禁と就活、略してオナ活

就活も最終盤に差し掛かり、私自身も少し落ち着きを見せてきた
 
今の所内定は2社
 
2/4の成功で、50%の内定率である。
 
ぶっちゃけた話、まあまあ良い方なのではないか。オナ禁が就活に好影響をもたらしたと言えるのではないか。
 
 
今日はオナ禁をして就活をした私が、就活について思ったことをまとめてみたい。
 
 
①面接官も人間である
 
面接官も、私たちと同じ人間である。だから、私たち就活生をパッとみただけでは、能力は分からない。
だからこそ雰囲気を作るのが重要で、存分にメラビアンの法則を利用しよう。
 
面接官は貴方の雰囲気から能力を判定する。
オナ禁+筋トレで醸成された貴方の雰囲気に、面接官は圧倒されるに違いない。
 
②論理はあくまでも、コミュニケーションのサポートである
「論理的である事」が良しとされる時代。現代はその様に形容されるのではないか。
感情を表に出しすぎるのは恥ずかしい事であり、如何にロジカルに喋るかが重要視される。
 
事実、就活面接の教室などに行くと、「ロジカルに話せ!」の様なアドバイスが流布しているし、淡々とした喋りが支持される傾向にある。
 
しかしだ、人間は感情の生き物である事を忘れてはいけない。
嫌な物は嫌、良いものは良い、物を見た時に感情が浮かぶのが人間だ。
貴方が如何にロジカルに話そうと、面接官は感情で判断する。貴方の事を感情的に「嫌えば」、嫌いなのだ。
 
 
だからこそ、感情に訴える喋り方を身につけるべきだ。
面接官の感情に響く様な「エモーショナルなスピーチ」、スピーチのサポートに論理性があるべきだ。
 
 
では、感情に訴える喋り方を身につけるにはどうすれば良いだろうか?
そう思った貴方に、私はオナ禁をオススメする。




・なぜオナ禁か?
私はオナ禁を言い換えると、「感情との対話」になると考えている。
 
自身が何を望んでいるか?
なぜ、その願望を持ったの?
長期的な目標は?
今のタスクに落とし込むと?
 
ここら辺の自身との対話を完了させずに、オナ禁の成功はないからだ。
 
つまりだ、オナ禁は「自身の感情を客観的に捉える力」を鍛える行動になりうる。
 
オナ禁によって、
 
感情の客観視→自身の願望の発見→エモーショナルなスピーチ
 
以上の変遷をたどって、自身の喋りに熱がこもる様になる訳だ
 

面接落とされました

面接落とされました

 

油断してましたよね。俺が落とされる訳無いて

 

油断が準備不足を産み、準備不足が悪い結果を産む

 

当たり前の話なんだけど、忘れていましたわ。

 

オナ禁やったからって面接通るわけじゃ無いですよね笑

 

オナ禁+継続的な努力

 

ここを忘れなければ大丈夫

 

頑張れ自分

現在就活中

現在就活中

 


現在就活中です。ですのでなかなか更新ができません。

 


就活、、大変ですね

すること色々あるし、ストレスも多いです。

 

 

 

だけども楽しんでる自分もいます。

オナ禁して成長した自分を試す場だと思うことで

 


自分の成功を、皆さんに共有したい。そんな気持ちも持って就活で努力したいと思います

簡単なオナ禁、エロ禁、マインドフルネスのやり方(ショートバージョン)

 
ムラムラの気持ちを紙に書き出す(出来るだけ綺麗な字で)
1分眺める
おっけい

努力2.0

努力って何だろう、考え続けて10年は経つだろうか、最近になってわかってきた様な気もする。

 

高校生の頃を思い返すと、私は「努力したエピソード」を欲しがっていた。

四六時中勉強のことを考えて寝食を忘れて物事に打ち込んだ、みたいなお話である。

「努力エピソード」を話して、みんなに凄いと言われたい。自分を認めて欲しいが故に、認めてもらう材料としての「努力」を欲していた。

 

私が行った最も最悪な「努力」は睡眠を削る事だった。

たっぷり寝てたらみんなに認められない。寝る時間を減らして、凄い頑張ったエピソード作って、みんなに自慢しよう。

 

今の自分なら分かるが、この考え方はダサさが満開な考え方で、「自分自身を認めて無いから、何か肩書きに頼ろう」って言う精神性が透けて見えている。何かにすがる人間だったからオドオドしていたと思うし、残念な奴に見えただろう。

 

「努力はパフォーマンスでは無い」

この大事な事実を何割の人が知っていて、何割の人が無意識のうちに行っていることか。

自分の胸に手を当てて考えたい。

 

努力は結果を出す為にする事だから、他人に見せる前提で考えてしまっては、苦しい結末しか持たらさない。人の目から自由になって、「努力」について再考しよう